過保護すぎる世の中

過保護すぎる世の中

世の中が年々過保護になっているような気がしてならない。

それは私達大人側の責任でもあるかもしれないが、そのことによって生きていく上で大切な何かを失った子どもが多いように感じられる。

私が過保護だなと思えるのは、「危ない事をさせないように大人が再三の注意もせず、危ないものから子どもを守り過ぎてしまうこと」である。

例えば、少し前に事故が多いと問題になったライターのことだ。

100円ライターのような類のものは、子どもがいたずらをして火事に発展させるケースが後を絶たなかった。

火事になれば建物が燃え、ひいては死に至ることもあるのだから、それに関しては考え直さなければならないと思ったのだろう。

今では簡単に火がつけられるライターはなくなってしまった。

旦那につけさせてもらったことがあるが、力任せでは火がつけられないものになっていた。

しかし、危ないものを安全なものにするのは本来不可能である。

危ないものは危ないと教えるのが、教育ないしは子育てなのではないだろうか。

何がどう危ないのか、前述のライターであれば紙でも燃やしてその様を見せれば、家も自分の命もこの紙と同じように消えると学ばせることが出来る。

大人はそういうことを子どもに教えなければならないのに、単にそれを怠っているとしか思えない。

先日あるニュースで「そんなことが問題に?」と思わず唸ってしまったものがあった。

コンセントをいたずらしないようにさせる為のカバーが問題になっていた。

ある会社のものは、1歳くらいの子どもでも簡単に外せてしまうというのだ。

同じタイプのものを使用している家庭では、注意をするように呼びかけている内容だった。

そもそも、コンセントをいたずらしたら叱るのが大人の役目だろう。

子どもはどうしても興味がそそられるから、何度も同じ行動を繰り返すかもしれない。

でも、「これを触ると熱くて火傷するのだ」ということを何度も説明するのが子育てというものだろう。

それを怠った挙げ句、その商品が不良品だとクレームをつけてもなんの問題解決にもならない。

どうして親はそこで楽をしようとするのだろうか。

私には不思議でならない。

先日、姪っ子と甥っ子が遊びに来た時のことである。

姪には散々コンセントの怖さを教えてきた。

それは私だけではなく、妹も実母も同じように叱ってきた。

何度も同じことを繰り返して叱られる度に泣いたが、扇風機が動く様やトースターが熱くなる様を見て、彼女は危ないということを学習した。

まだ1歳未満の甥は、色々なことに興味を持ち始めている。

ハイハイをしてコンセントをいたずらしようと手を出した時、姪がすっ飛んで行って叱ってくれた。

甥は泣いていたが、何度もそれをされることで彼も学んでいくであろう。

子どもは大人が考えられないことをする。

でも、それは何にでも興味を示しているからである。

善悪の区別は、根気よく大人が教えていくしかない。

だからこそ、火は使わせない・刃物は使わせないといったようになんでも排除するのはおかしい。

それは使い方を間違えれば危ないものだが、正しい使い方をすれば危なくはないということを学習させるべきものだ。

人一人を育てるのは容易い事ではない。

もっと真剣に目を配るべきだ。

レガシィB4

声を掛けられるのはストレス

産経新聞に「」という記事が出ていました。

渋谷にあるヒカリエ内のクリニークである試みをされているそうです。

デパートなどに行くと、店員が寄ってきて必ず何かしら声を掛けられますよね?

私だけではなく、多くの方々があれを鬱陶しいと感じているはずです。

そんなことはもうかなり昔から叫ばれていたはずなのに…。

今更そんな接客を模索しているのですか?

読んでいてそう思ってしまいました。

ヒカリエにあるクリニークのショップでは、お客様用に3色のブレスレットを用意しているそうです。

白が「急いでます」、ピンクが「自由に見ています」、緑が「カウンセリング希望」という分け方をしているそうです。

圧倒的に多いのがピンクで、割合が60%くらいに上るそうです。

買い物の仕方は人それぞれで、同じ化粧品売り場に行ったとしても、初めてそこの商品を使ってみたい人・いつも使っている目的の品を購入したい人・どんなものがあるのかを見てみたい人に分かれると思います。

初めて使いたいと思っている人は、当然のことながら説明を受けたいと思っているでしょう。

でも、それ以外の人は話しかけられるだけで鬱陶しいと感じるはずです。

それだけで気を遣うし、新商品を勧められるのも面倒ですからね。

ただ買い物をするかウィンドウショッピングをするのに、ストレスが掛かるというものです。

客の立場として言わせてもらうなら、聞きたいことがあればこちらからアプローチをするのです。

気軽に見たいと思っても、いちいち声を掛けられたら本当にストレスです。

その昔、ニッセンのCMに「見てるだけ~」とオバサン達が店員に言うというものがありました。

多くの方々があんな心境でしょう。

あれはかなり昔のCMだったと記憶していますが、接客業界とはこんなに温度差があったなんて驚きです。

私の母親世代だと、声を掛けられたら何かを買わないと申し訳ないという気持ちになるそうです。

それが欲しいものでなくとも、何か購入しておこうと思ってしまうようですね。

さすがにそんな風に思わない世代の私ですが、それってある意味無言の押し売りなんじゃないかと思ってしまいます。

丁寧な接客だから良いという訳でもなく、お客様が「申し訳ないから」と思ってしまうのであれば、それは接客として間違っていると考えられます。

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